マラダーナエリア・スケッチ

「マラダーナエリア・スケッチ」  (連載1)    松林 蓉子 

22年ぶりのスリランカであったが、前触れなくタランガッレ・ソーマシリ師が連れて行って下さった所は、マラダーナエリアであった。ハルツドルフとシナモン・ガーデンに挟まれたエリアであるが、これといった名所旧跡があるわけではない。 その一角には、仏教系の学校が集中することや、仏教改革運動の中心地であると聴かされた。普通に考えれば、観光スポットがなく関心のいかない所である。2012年3月以降、何度か足を運んでいるうちに、好奇心の固まりが大きくなってしまった。日本の明治、大正、昭和を貫く仏教の道とも、無関係とはいえない。近仏教史を知る好機となる。それは兎も角、車を止めたのはダルマパーラご縁の「大菩提会」会館の庭であった。ダルマパーラ(1864-1933)とは、日本では馴染みが薄いが、南アジア既存の精神文化を取り戻すべく、活動された人物である。イギリスの植民地支配のもとで、衰退した仏教を再興しようと、19世紀末に立ち上ったスリランカ人である。私のスケッチをご覧下さって、「訪れてみよう」と、興味を抱いていただければ望外の喜びである。

キャンピング・カー
 大菩提会会館の玄関から少し離れた駐車場に、キャンピングカーらしい大きな車が止められていた。黄衣の僧侶や白いサリーやコスチュームの大人、子供は、普段、見馴れているらしく気に止めずに通って行った。展示車かしら?それにしても、屋根がついて窓ガラスも開閉出来るようになっている。ヘッドライトの大きいのや、その上にガラス越しに左ハンドルも見えた。車の上に小さな家もどきが乗せられていた。身を乗り出してみたら、寝泊り出来るようなスペースがあった。如何なる目的で使われたのか。ソーマシリ師のお話に耳を傾けた。「この車はね。キャンピング・カーを改良したんだよ。ダルマパーラが地方に布教演説に向かう時、当時の田舎町には食堂もなかった。泊るホテルをみつけるのに苦労したんだ。それほど交通が不便だったし、昔は馬車や牛車でセイロン(スリランカの旧称)各地を巡回した。近代社会で仏教を復興するために、セイロンの伝統文化と宗教の栄光を説いて訴えた。洗練されたコロンボの中産階級からみれば、農村民はだらしがないと眼に映ったのかもしれない。大声で強調したのは、仏教徒の日常生活の指針だったよ 」と、大要を教えて下さった。それ丈で「大菩提会」「ダルマパーラ」「キャンピング・カー」が連結したのである。ダルマパーラは『信者規則』というパンフレットを発行し明文化した。今だに版を重ねていると云う。その当時は、センセーションを起こしたに相違ない。キャンピング布教車に、「酒飲むな」「牛肉を食べるな」のスローガンを掲げて、説得力ある巧みな話術を駆使した。「不飲酒」「不殺生」は、仏教の戒めであるから理解出来る。仮に、日本だとすれば、明治、大正期だとしても、国民は感取出来たであろうか。スリランカの国状を背景にしているから、盛り上ったのであろう。

アジア仏教の支援者
 改めて、ソーマシリ師が「この車はね…」と始まった。「メアリー・E・フォスター夫人(1844-1930)から、ダルマパーラに布施されたものだよ。夫人は、ハワイの王家の血脈にあった人だと、聴いている…」ダルマパーラ師に傾斜したフォスター夫人は、生涯を通して、何故、支え続けることが出来たのであろうか。2人の出遇いは、シカゴ万国宗教会議の日程を終え、アメリカ各地講演の後、日本に向かう途次の寄港ホノルルであった。夫人の激しい性格が、自分にとっても身内にとっても悲劇となっていた。ダルマパーラ師は、夫人にそれを克服する術を助言した。簡素な実践法で、フォスター夫人は精神的に安らかな気持を得た、それ以後、ダルマパーラの使命を陰で支えたと云う。夫人は縁あって、日本仏教諸派によるハワイ移民への布教活動をも、支え続けた。
 近年の仏教徒の大恩人とも云うべく人である。これらの詳しい実話を、身近な物語として、何故、ソーマシリ師はご存知なのであろうか。

大菩提会第3代管長
 大菩提会は、1891年にダルマパーラ師によって「仏教広布」のため発足した。仏教と仏跡の復興、社会福祉と奉仕活動、学問的研究など、多岐多面の救済活動を行っている。会館には勿論、仏像のご安置・ホールにはダルマパーラの金色の胸像が置かれていた。日本赤十字センターが設置されていることでも、実践活動が分かる。世界遺産のインドのサンチーに在る、遺跡修復なども行っており、多忙を極めている。ダルマパーラの遺志を継承された第3代パナガラ・ウパティッサ管長は、幼稚園教育分野でも草分け的な存在である。社会貢献でも多分野で功績を残されて来た。  インド政府から与えられた土地に、仏教の国際大学を建設中だとも、窺っている。仏教者として、ローマ法王やインド首相ら要人をお招きされる際、第3代管長の通訳や側近中の側近の如く、多面で支えているのが、タランガツレ・ソーマシリ師である。師はウパティッサ師を恩師として敬念を抱くが、大菩提会の僧侶ではない。れっきとしたシャム派マルワッタ支派西部州監寺僧正の地位にある方である。言葉を変えれば、スリランカには二つの仏教がある。仏教の退潮が進む中で、仏教のあるべき姿として復活させることを目的とした組織と、ヨーロッパの影響を受けない従来の仏教宗派である。前者はウパティッサ管長の率いる大菩提会であり、米国、英国、韓国に支部が置かれている。日本では、千葉県香取市笄島を拠点とした、日本スリランカ仏教センタ「蘭華寺」がある。世界中巡拝されるウパティッサ管長は、チベットのダライラマ師とも親交が深い。後者は若年であるけれど、学識者であり、『はだしのゲン』『長崎の鐘』の翻訳を手掛ける、世界的な訳者である。僧侶としての基本的な布教も忘れてはいず、めきめきと社会貢献と奉仕活動等、八面六臂の大活躍である。私は、近くで観ていて、仏の教えを礎として、宗派不問、国境を超えて1つの心になることで、大きな力となり得ると思う。刷新を目指す、双頭に期待しよう。マラダーナエリアで、考えたことである。

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